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腎臓病センター長ご挨拶


  • 腎臓病センター長 鬼無 信 医師腎臓病センター長

こんにちは。腎臓病センター長の鬼無信(きなしまこと)です。腎臓病センターでは、透析センターと重複する点もありますが、初期の腎症から末期腎不全(透析療法、腎移植)に至るまでを担当します。担当するのは日本腎臓学会指導医3名、専門医4名、日本泌尿器学会指導医1名、専門医1名をはじめとするチームです。

腎症の初期では、診断および病態把握の腎生検を当院では1969年から行っており、40年余の期間に2000例以上の生検を行っています。

最近、特筆すべきは糖尿病性腎症から透析療法、腎移植を必要とされる方が透析導入の44%を占めるように増加したことで(2010年日本透析医学会調査より)、糖尿病センタースタッフとも密なる連携をとりつつ、腎症悪化を防がなければなりません。

さらに、心腎連関という悪循環が腎機能を悪化させるということもわかってきました。心臓循環チームとの連携も重要です。腎症の原因は多岐にわたるため、院外の関連機関との連携も欠かせません。

しかし、慢性腎臓病(CKD)と診断されても落ち込むことはありません。主治医とともに根気強く病気と付き合い療養されればきっと良い結果が待っているに違いありません。

腎臓病センター長 名誉顧問 鬼無 信


  • キナシ大林病院 会長 大林誠一医師の写真キナシ大林病院 会長 大林誠一

大林家の家系図には、平安時代保安元年(1120年)藤原中納言家成(鎌足公十四世の孫)がさぬきの守護職となり、当地の大領定宣と結婚し藤太夫章隆が生まれた。その子孫が羽床郷大林の地に分家し、その地名を以って氏となすの記述がある。徳川中期明和年間(1764~1771)に大林彌八郎資重が医者一代漢方医として香川郡西笠井村鬼無に住むと記載がある。当時西洋医学が日本に入りつつあった(1734年山脇東洋の腑分け(解剖)や1774年に杉田玄白の解体新書の創刊等がある)。二代目政美資直から四代目良蔵資忠は松平藩の御殿医として籠で往診し、五代目は馬、六代目の千代馬は人力車で往診していたとのことである。

さて、ここで本院の漢方薬の一部を紹介してみよう。第一番目に「大黄(ダイオウ)」である。これは756年平安時代の正倉院に不安定な物質であるにもかかわらず、千数百年の歳月を経て、相当量が残存していることは大変興味が持たれた。この大黄は、富山医科薬科大学の研究で、抗酸化作用、抗尿毒作用、透析導入の遅延効果等が明らかになっている。2011年6月23日、チェコのプラハで「ヨーロッパ透析、移植学会」で抗酸化作用の薬品が、腎不全を改善するという画期的な発表があり、「大黄」を見直した次第である。

第二の薬に「柴胡(サイコ)」がある。この薬の化学構造式がステロイドと大変酷似しているのが一つの大きな特徴である。有地滋教授の成績に二つの重要な点が記述されている。一つはサイコを用いることにより、プレドニンを減量し中止することができたこと。もう一つは、副作用を減らすことができた。ステロイドの増強作用(4倍)と副作用発現物質を阻止する、一見矛盾した働きがサイコにはあるのだ。副作用阻止の作用は、視床下部の空腹中枢やACTHの分泌を指令する部位に対するステロイドの作用を除外して、ステロイドの離脱や副作用の防止を行っているのではと推測されている。

その他、癌免疫作用のサルノコシカケ科の「茯リヨウ」、抗アレルギー作用の「黄ゴン(オウゴン)」、「荊芥」等々多くの漢方薬がある。 昭和に入り、医七代大林達三、医八代大林幸と続き、1967年に腎生検、1968年に血液透析開始、1989年に腎移植を開始し、現在に至っている。

会長 大林 誠一


  • オウゴンオウゴン
  • サイコサイコ
  • ダイオウダイオウ

  • 薬研
  • 腎臓の模型腎臓の模型





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